霊会話の場

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自分のために広告の裏にメモをとる気分で気楽に書いています。

カテゴリ:死別にヒント( 7 )

コンビニに行く途中

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この画像は20年以上も前に、イラストレーターの河村要介さんと一緒に行けるというサルサツアーで、ニューヨークに行ったときに買ったバレンタイン用のカードです。
(外国に行ったのは、それっきり)




iPodでドリカムを聞きながら、ルンルン歩き

大好きな先生に、バレバレバレンタインのフェアトレードチョコを送るためコンビニに向っていたら

おやまあ、どうしましょう

空未が小学校3年のとき、広報委員をやっていたそのときの仲間にばったり

彼女は気を遣っておそるおそる「お元気ですか?」って声をかけてくれた

急いでiPodのイヤフォンを外したから音楽聞いてたってバレたよね

言い訳をするように

「はい、ありがとうございます。おかげさまで、みなさんのおかげで元気になれました。またいろんな本や人との出会いで、悲しみや苦しみが、感謝に代わりました。やはりどん底のような苦しみは大きければ大きいほど、気付くこともたくさんあって、今ではこのように、明るくなってしまって、すいません。」

彼女、目がウルウルしていました。そして
「あーよかったです、今まで何度かお見かけしたとき、お声をかけようかどうしようかと思ってもなかなかかけられなくて・・・お元気になられ、本当によかったです。」と言ってくださいました。

私は外したイアフォンを見せながら、「昔好きだった音楽も聞けるよになりました。」と、照れくさく話ました。

「いろんなたくさんのお蔭があるけど、なかでも、いちばんはシルバーバーチの霊訓です、ご存知ですか?あの本のお蔭です、そしてその本が好きな仲間たちのお蔭です。」と心の中ではおしゃべりしていましたが、声には出しませんでした。
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by myouonn | 2008-02-13 23:58 | 死別にヒント | Trackback | Comments(2)

(故)小川安夫先生

あるがままで あるがままに


朝鮮動乱の米兵の死体処理をしていた頃、腹わたの夢などで時々うなされたものです。

でも慣れてそれらのことと心通じて仲良しになれるとせいせいして月を見られるのでうれしかったことがありました。

あるがままであるがままになんてのどかすぎる言葉ですが、実は捨て身命がけのことなのです。

ふりかかったことすべてと仲良しになった人は、いろいろものの感じ方が鋭いですね。

捨て身命がけをあるがままに背負っているのです。


(『雲と風のあいまより』P24より 小川安夫著)

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この絵は、遠くの高い山の上の空に太陽と小さな雲が一つあり、近くの低い山のてっぺんに一本の木とお地蔵さんが描かれています。太陽の右横に、ひらがなで「あるがままで あるがままに」とスミ文字で書かれています。
小川安夫先生が銀座の地蔵画家をやっていた頃に描かれたものでしょう。この絵は、空未が生まれる前からずっとリビングに飾っています。


死んだら、絶対に会いたい人は小川安夫先生

空未の名前は小川安夫先生が飼っていた猫の名前からつけました。

くーくの名前も小川安夫先生が飼っていた猫の名前からつけました。

小川安夫先生は「空句」という名前の猫を飼っていました。

やっぱ、私は子どもを亡くす人生を選んできたような、納得!

今になって、やっと、この「あるがままで あるがままに」の意味を飲み込めました。



翌朝追伸

この絵の山の上にあるのは太陽ではなく、月かもしれないです。
絵といっても印刷に太陽(月)のところだけが水彩絵の具です。
印刷物に太陽(月)だけその場で描いて何枚も売っていました。

また追伸
銀座の地蔵画家・小川安夫のこと
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by myouonn | 2008-02-01 23:16 | 死別にヒント | Trackback | Comments(2)
子どもを亡くした後、いろんな人が本をプレゼントしてくれたけど、今まで読んだことのないような本は、どんなに良い本であっても抵抗がありました。

親しくお付き合いしていた信頼関係のある人からの本でも、躊躇しました。

ましてや、知らない人から突然送られたら、かえって変な会に勧誘されるのではないか?何か買わされるのではないか?と疑うかもしれないです。



私にとってのシルバーバーチの本を受け入れる準備
(シルバーバーチの本は心霊学研究所を参考にしてください)

近所では一番親しい空未繋がりの友だちからのプレゼントされた、飯田史彦先生の「生きがいの創造」を不信がりながら読んだ
   ↓
子どもを亡くした親の会の友だちが「生きがいの創造」はいい本だと言ってくれ、その本にある催眠療法を受けてみてはどうか、とすすめられた
   ↓
催眠療法を受けて空未に会った
   ↓
子どもを亡くした親の会の友だちが、武本先生が講演会でお話していた、と言ってシルバーバーチの「古代霊は語る」を貸してくれた
   ↓
本に書かれてある霊の存在、永遠のいのちがどういうものか、素直に受け入れられるようになった
   

このような人と人の信頼関係が繋がったことで、シルバーバーチの本を素直に受け入れる準備ができたのだと思います。

いきなり知らない人からシルバーバーチの本が届いたら、たぶん読まなかったと思います。


翌朝追伸
シルバーバーチの本を受け入れるようになるまでに繋がった過程には、感謝いっぱいです。
私にとっては飯田先生でしたが、江原啓之さんからシルバーバーチに繋がっている人もいるんじゃないのかなあ。

準備段階にあわせて手を差し伸べて

自分にあったものを用意してくれる

見えない存在(はたらき)に感謝です!

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by myouonn | 2008-01-16 00:22 | 死別にヒント | Trackback | Comments(4)
妙音ちゃんが霊界入りをした最初の1年はほんとうに辛くて、

周りの全てが、目に入るもの全て、耳に聞こえる音全て、

何もかもが妙音ちゃんがいた頃と比べてしまい、

妙音ちゃんと一緒に見たかった 去年は一緒に見てたのに

妙音ちゃんと一緒に聞きたかった 去年は一緒に聞いたのに

全てが悲しみの色や音になってしまい涙の枯れることはありませんでした

そんな時、いのちの電話にかけて話たことを思い出しました

「こんな私はどうやって生きればいいのでしょう?」なんか、そんな質問をしたと思います。

そしたら、

「あなたをロケットに例えましょう。

どのように生きるかというのは目的地だとします。

目的地が決まっても、エンジン噴射をして前に進めないと目的地には行けません。

エンジンの役目は、話すことです。

自分の中にある苦しい気持ちや辛い気持ち、悔しい気持ち、抱え込まないで話してください。

話すとは放すということです。」

と言われ、私はどう生きるか、そこを知りたかったのでがっかりでした

でも、いのちの電話の人のおっしゃったことは当たっています

近所の人、娘の友だちのお母さんや、学校の先生にも、娘が行っていた教会の先生にも、

大泣きして私の中の感情を聞いてもらって、それを手放していっていたのだと思いました

肝心の目的地はわからないまま

こちらが自然体で、前に進みたいという気持ちで過ごしていたら、

守護霊さんや指導霊さんがちゃんと導いてくださっていました

感情は抱え込み、心の奥にしまって蓋をしたりしないで

なるべく早く出してしまうのがいいですね

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by myouonn | 2005-07-12 22:33 | 死別にヒント | Trackback | Comments(0)
子どもの死後、両親が、子どもに会いたい、

触れあいたいとあまりに思いつめと、

かえってこうした体験を得ることが難しくなる。

死後数週間か、数ヶ月たって、

煩悶の痛みと悲しみが取り除かれ

はじめて自然な眠りを取り戻した安らかな夜にこそ

亡くなった子どもが夢に現れることが多いのです。


E・キューブラ・ロス著『新 死ぬ瞬間』読売新聞社 E・キューブラ・ロス著 P263~P264より

テレパシーのような感覚で妙音ちゃんの気持ちを感じるのと違って、夢の中で映像として目で見て、声を聞く感覚で会えたのは9〜10か月くらい過ぎてからだったような記憶があります

隣の奥さんは妙音ちゃんが亡くなって3ヶ月くらいして妙音ちゃんの夢を見たと言ってかさぶたに夢の話をしてくれました

幼稚園に行ってた頃の妙音ちゃんが遊びに来て、うちのしょう子と遊んでいた、そのうち妙音ちゃんが眠ってしまったので抱いてかさぶたの家まで連れて来た夢だそうです

抱き上げたら妙音ちゃんが光るボールになってしまったのでびっくりしたと言っていました

かさぶたも夢でもいいから会いたかったので、すっごく羨ましく思っていました

悲しさや悔しさを吐き出したり、死後の世界を知りたくて調べたりしているうちにだんだん気持ちにゆとりが出てきたのでしょう

隣のしょう子ちゃんのお母さんの後、半年後に夢で亡くなった頃の9歳くらいの妙音ちゃんの夢を見て「おかあさん、よかったね」って言ってもらいました

シルバーバーチの霊訓にも、夢で会えると書かれている箇所を紹介します

地上の人間は静かな精神状態をもつことの

効用を十分に認識しておりません。

私がよく申し上げているように、あなた方にとって

無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。

あなた方が静かに受け身の心でじっとしている時が

私たちにとって一番近づきやすいからです。


近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓7』(近藤千雄訳)潮文社  P101より


実はあなた方は毎晩のように霊の世界を訪れているのです。

ただ思い出さないだけです


近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓4』(近藤千雄訳)潮文社  P135より
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by myouonn | 2005-07-03 22:45 | 死別にヒント | Trackback | Comments(0)
昨日の6月30日の日記に、栃木県立がんセンター緩和医療部長の種村先生から聞いたと書いたけれど、がんセンターとの関係は?

うちの妙音ちゃんは小児がんではなく不慮の事故死なんです


それは東京ビハーラ(浄土真宗のホスピス)電話相談室に死別のお悩み相談の電話をかけたのがきっかけ

種村先生は東京ビハーラの先生だったのです

私のお悩みとは・・・・・

入仏式に来てくださったお坊さんは、妙音ちゃんの骨壺を開いて、お参りに来て人たちに見せながら「妙音ちゃんは骨になりました」っておっしゃいました

ただでさえ死ぬほど悲しいのに、傷口に塩を塗られたようで悲しみと怒りでケチョンケチョン

そんなはずはないと、いろんなところに「妙音ちゃんは骨ではないと思うのですが、今どうなっているのでしょう?」と、聞きまくり状態

そこで納得のいく回答をしてくれたのが東京ビハーラの種村先生とは別のTさんです
彼女が話してくださったことを思い出して書きました
       ↓↓↓ ↓↓↓

「空気が一杯入っている赤い風船は妙音ちゃん、青い風船はお父さん、白い風船はお母さん、、パンパンにふくらんだ風船も針でちょんと当たるとパンとわれてしまうけれど、中の空気は外の空気に合流するだけだよ。妙音ちゃんの赤い風船は割れてしまったけれど、周りのゴムが壊れただけで、中の空気は消えたのでもなくなったのでもないよ。生命も同じだよ。大きな大きな生命の中に人間の一人一人の生命も外へ出ていくだけ。身体がもし亡くなっても、中の生命は空気みたいなもので外の生命と一緒に合流するだけ。見えないけれどお母さんの白い風船や、お父さんの青い風船のまわりに広がっているよ。」

わ〜〜安心しました

骨なんかじゃないでしょ、やっぱりね

見えないけれど、ちゃんとかさぶたの周りに居るんだよ

もしや・・・これはエマニュエル・スウェデンボルグの霊界と似ているではないか

ゴム球の中にもすべて霊界はしみこんでいるのだ

ゴム球の中も実は霊界なのだ。

ゴム球の中以外のすべての空間は霊界なのだが、

ゴム球の中だけは、例外的に自然界と霊界の

ふたつの世界が同じ空間にともに存在しているのである


中央アート出版社 エマニュエル・スウェデンボルグ著『エマニュエル・スウェデンボルグの霊界 1 死後の世界は実在する』P222より

そうなんですよ、亡くなった人は見えないけれど、ちゃんと存在しています
すぐ、傍に居ますよ
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by myouonn | 2005-06-30 23:34 | 死別にヒント | Trackback | Comments(0)
昨日の6月28日の日記に「神に愛されているのを感じられる」と、書きました

それは、次々おこる佳き出会いや、不思議な体験などがあったから、思い出してもきりがない

そのうちぼちぼち今は休止中のホムペ、ハピネス空句に掲載しようと思っています

この神に愛されている喜びをうたったのだろうと思った詩を紹介します

いのちが一番大切だと

思っていたころ

生きるのが苦しかった

いのちより大切なものが

あると知った日

生きるのが嬉しかった


星野富弘さんの詩画集 1986年の「おだまぎ」より

星野富弘さんの、この詩をはじめて知ったのは妙音ちゃんが霊界入りをして丁度9ヶ月め頃、栃木県立がんセンター緩和医療部長の種村先生からお聞きしました

「いのち」よりたいせつな「いのち」って何なんだ?

当時は、浄土真宗に救いを求めていた時期だったので、真宗のサイトの掲示板に質問しまくり状態でしたが、僧侶の方からはこれと言って納得できる回答は得られなかった

ヒントになる回答をくださったのは、その掲示板に来ていたホテルの受付をされているマザ−テレサ大好きさんだった

マザーテレサ大好きさんは、職場の仲間に「あなたにとってのいのちより大切ないのちって何?」って、一人ひとりに聞いていってくれ、その結果報告をしてくださいました

それによると「自分の命よりも大切な命は、自分の子どもの命に決まってるわよ」と、のこと

あっ!そうか かさぶたはここでひらめいたキラーン d(-_☆)

そうなんです 私も妙音ちゃんが霊界入りをする前までは、妙音ちゃんが、交通事故にあわないか、病気にならないか、変なおじさんに連れて行かれないか、などと妙音ちゃんの命を心配して、無事に家に帰れることを願っていた

そして、「自分の命よりも大切だった妙音ちゃんの命が無くなってしまったら、もう大切なものなんてありゃしない」と、思うのが常識

そこでわかったんだ

妙音ちゃんの肉体の命は無くなってしまったけれど、妙音ちゃんそのものが無くなったとは思えない

火葬されて灰と骨になったその物は妙音ちゃんが使っていた肉体

妙音ちゃんそのものが灰と骨ではない

そうなんだよ

妙音ちゃんの使っていた肉体よりも大切な妙音ちゃんそのもののいのちがあるはずだ

それでマザーテレサだいすきさんにお返事を書いた投稿の一部です
        ↓
2001年8月24日(金)-------------------------------------
「いのちが一番大事だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。
いのちより大切なものがあると知った日、生きるのが嬉しかった。」
を書き代えると
「娘の限り有る肉体を持った命が一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。
娘の限り無い南無阿弥陀仏のいのちがあると知った日、生きるのが嬉しくなった。」
このようになります。
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※浄土真宗的な表現ですが南無阿弥陀仏のいのちとは、仏、神、または大霊といったところでしょうか

「神に愛されるのを感じられる」というのは、霊人さんになった妙音ちゃんに愛されるのを感じることでもあり、もっと大きくとらえて大宇宙の大きなおはたらき、大霊の法則に愛されているのを感じることでもあります

星野富弘さんは、不自由であっても決して不幸ではない、不自由になった苦しい体験があったからこそ大きな永遠のいのち、神を知ることができたことがおおいなる幸せ、喜び

このような想い、神に愛されている喜びをうたってくださったのだと思いました
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by myouonn | 2005-06-29 23:56 | 死別にヒント | Trackback | Comments(0)

自分のために広告の裏にメモをとる気分で気楽に書いています。


by myouonn