霊会話の場

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自分のために広告の裏にメモをとる気分で気楽に書いています。

カテゴリ:『与え尽くしの愛』から( 7 )

死という現象は、お風呂に入る前に、

ひょいと衣服を脱いで裸になる-------。これと同じことです。

ただ、それだけのことであって、

皆さんの本質である<霊>は永遠に生き続けます。

霊は霊界に生まれて来て、そしてまた霊界に帰ります。


山村幸夫「神からのギフト」出版会 山村幸夫著『与え尽くしの愛』 P467より 

山村先生も、電話相談のTさん、スウェデンボルグと同じこと言っている

そういえば、E・キューブラ・ロスは「死の瞬間は、繭から抜け出し蝶になって自由に飛び立つこと」と表現していたのを思い出した


妙音ちゃんの遺体が病院からストレッチャーで運ばれ家に戻ったとき、かさぶたはこの遺体は空未(妙音ちゃんの生前の名前)ではないとすぐにわかったから

「これはうちの空未じゃない 何も喋らない、動かない、これは偽物の空未だ!!

本物の空未は自転車に載って帰り『ただいまー』って言う!!これは偽物だ」

繰り返し泣きわめきながら叫んだ

周りが見れば気がふれたと思われただろうね

でも、かさぶたの言ったとおりだ

妙音ちゃんの遺体は、妙音ちゃんが着ていた洋服みたいなもの

本物の妙音ちゃんは、相変わら遊ぶのが大好き、友達と約束してきて忙しいそう、かさぶたに対してはちょっと偉そうな口の聞き方をするけどかわいい

本物の妙音ちゃんには夢で何度も会ってきたね

「妙音ちゃんには、おもちゃとか欲しいものをあまり買ってあげてなくてごめんね」って思っていたら、妙音ちゃんが夢に出てきてサンリオショップに連れて行ってくれて雑誌を見せてくれた

「かあさんが買ってくれたキティちゃんと一緒に撮った私の写真が載ってるよ、見て、これは多すぎでも少なすぎでもなくて丁度いい子が載っているんだよ ちょうどよかったんだから心配しなくていいってば」って言ってくれた

夢の中で、突然妙音ちゃんが中学生くらいに成長して出てきたので、(夢に見た頃、もし生きていれば中学1年)かさぶたは嬉しくて嬉しくて、「妙音ちゃーん」と言って抱きしめたら
「やめてよ。お母さんにだっこされるのは小さいときだけだよ。私くらいの年でお母さんが抱きしめる子なんていないよ」って照れくさそうでちょっと嫌な顔をされた

また、夢の中で妙音ちゃんの友だちに会ったので挨拶をしたら。その子が「おばちゃん、妙音ちゃんを連れてきてあげる」と言って森の方に走って行った
しばらくして妙音ちゃんが走ってかさぶたのところに来たけれど「今、染色をやってるの、だから忙しいんだ、またね」と言ってすぐ森の中へ走って行ってしまった

いつ会っても相変わらず妙音ちゃんらしいね
夢の中で会ったのは妙音ちゃんそのもの 本物の妙音ちゃん
本物の妙音ちゃんは霊界自転車に乗って「ただいまー」って言って帰ったきたのよね

お墓は妙音ちゃんが人間だった頃使っていた体の抜け殻を大切に保管しているところ

亡くなった人はお墓の中の遺骨ではありません

お墓にあるのは抜け殻です


普段はお墓にいないけれど、もしあなたがお墓に行くなら、
亡くなった人もあなたについて来て一緒にお墓参りをなさるかもしれないです
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by myouonn | 2005-07-02 21:57 | 『与え尽くしの愛』から | Trackback | Comments(0)
皆さんも同様に、自分の環境のなかで

与えられた仕事を通じて使命を全うしてください。

どのような仕事であっても、

それはず同じ目標にたどり着きます。

その人が正しい方向に向いていれば、

いつでもそれに向かって努力していれば、

必ず、チャンスも与えられます。


山村幸夫「神からのギフト」出版会 山村幸夫著 『与え尽くしの愛』 P452より

妙音ちゃんが霊界入りをするほんの1週間くらいの前だったか
かさぶたは、ベランダから集合住宅を見渡し自分の幸せを確認していた

趣味を生かした大好きな仕事があって、家に居ながらそれをやれる
田舎の両親も、主人の両親も今の所健康で老後のお世話もない
主人も健康で収入を得てくれ、豊かではないが借金するほどでもない
ひとり娘も問題を起こさず、健康に順調に育ってくれている
あこがれのMacを使ってネットを通して素敵なMac友達がたくさんできた
など、あれこれ思い浮かべた

平凡だけど、かさぶたはなんて幸せなんだろう
小さな夢だけど、それが叶って満たされている
困っていること、これと言った気になる悩みもない
と、思っていたが、その生活は正しい方向に向いていなかった

何が正しくないかというと、何かを選択する時
「一度しかない人生だから、悔いのないよう好きなことをやっていこう」だった
相手にどんな影響を与えるか、自分が好き勝手をして相手がどう思うかということまで考えていなかった
というよりも、考えるとやりたいことが出来なくなるからあえて考えなかった

妙音ちゃんが霊界入りをして、霊のことがわかったら何かを選択する時
「人生は死ねば終わりではなくいのちは永遠に続く、今生においての与えられた使命を全うしよう」になった

ほんとうの幸せは、好きな仕事があることでも、両親が健康なことでも、主人が収入を得てくれることでも、娘が問題なく育つことでも、趣味の友達がいることでもない

これらは、たまたま与えられたこと、恵まれたことに感謝したくなること、これらは物質的に観ればたしかに幸せかもしれないけれど

今の私にとっての最高の幸せとは

神に愛されていることを感じられ

周りの人たちを愛することができること

そして正しく生きるとは

裡なる神に恥じないで、出来る範囲で

人が幸せになることを無私の心で実行すること


妙音ちゃんの霊界入りによって、間違いに気付かされました

正しい方向に向かうよう仕事や日常生活の中で、自分の裡なる神と対話しながら、積極的反省をしよう
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by myouonn | 2005-06-28 21:11 | 『与え尽くしの愛』から | Trackback | Comments(0)
自分自身を律した生活を続けることによって、

あなたの受けるチャンネルが

正しいものへと向かっていきますからーーー。

必要のない時に受けるメッセージとか現象は、

これは全部偽物です!


山村幸夫「神からのギフト出版会」山村幸夫著 『与え尽くしの愛』P288より

私はもちろん霊能者ではないし、ミコケでもないけれど

生きている人の霊を含めあの世の霊さんからもメッセージを受けることがたまにある

こちらから期待したことはないのに来るときは来る

ラップ音などの現象もおこっている

さまよえる霊さん、いたずらする霊さんもいる、成り済ましの霊さんもいる

自分自身の生活態度を清くして、偽物霊さんが近づかないようにしよう

しかし、あの輝く天使くんはほんものにちがいない

ほんものを受信できるよう自分自身も精進したい

シルバーバーチだいすきくんから聞いた話ですが

シルバーバーチの霊訓を翻訳されたK先生は、非情にまじめな規律正しい生活をなさっていたそうです

私とぜんぜん違う

いまさら過去はかえられないけれど、これからでいいよね

清く正しく生きよう、なあんて最近まじめに思います

たばこはもちろん吸いませんが、お酒はやめたほうがいいですね

主人が作る動物性淡白質の入った料理はありがたく付き合い程度にいただくけれど

私ひとりの時は玄米菜食です

お酒も付き合い以外は飲まないようにしよう

そうそう、日曜日の教育テレビの「心の時代」で般若心経のお話でも、

「菜食に替えたら感性がにぶくならない」って

松原哲明先生もおっしゃっていました
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by myouonn | 2005-06-27 23:12 | 『与え尽くしの愛』から | Trackback | Comments(0)
どんな宗教・組織の中にも、誠実で立派な人がいるものです。

しかし、不幸なことに、そうした人々は、

自分たちが信じる狭い視野からのみ

真理を捉えようと努力します。

(省略)

人間が学ばなければいけない最初の教訓は

自分中心の自我を忘れ、可能な限り
(私たちができる範囲でいいです)

多くの人に愛を与えることです。


山村幸夫「神からのギフト」出版秋 山村幸夫著 『与え尽くしの愛』 P470より

同じ価値観を持ったグループが出来ると、共通の価値観から分別が生まれてくる

「あれはいいけど、これはだめ」

「ああいうのは好きだけど、こういうのは嫌い」

「あれは間違っているけど、これは正しい」

二元的に捉えてしまうと、どうしてもはじき出されてしまうものができてしまう

私はもうそのようなグループや会に属するのはやめた

祭文研究会も先週やめてきた


妙音ちゃんが亡くなってから、生きる目的を探していろな会に属してきたけれど、もうどこにも属さないでいよう

☆今まで属したグループや会

浄土真宗のお寺の法要やお説法
    ↓
子どもを亡くした親の会  
    ↓
シルバーバーチ読書会   
    ↓      
  祭文研究会     
    ↓
かさぶたひとりの活動

これからは、どこにも属さず
自分中心の自我を忘れ可能な限り多くの人に愛を与えよう

ひとりと言っても、それぞれが関係しながら繋がっているので周りの全て(この世もあの世も)の大きな愛の中での活動させていただくのです

大霊(神、仏)、と約束してきた人生を全うできますように、どうぞお導きください
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by myouonn | 2005-06-26 19:16 | 『与え尽くしの愛』から | Trackback | Comments(0)
愛し合う者同士のどちらかが先に逝かれたとしても、

必ず、また会うことができます。近い将来に−−−。

皆さん、このことは是非信じてください。

ただ単に、慰めの言葉として言っているのではありません。

ほんとうの摂理なのです。

波動の法則、調和の法則に基づいた摂理なのです。

愛し合う者同士が永遠に引話されるようなことは絶対にありません。

再会の時は必ず用意されるのです。


山村幸夫「神からのギフト」出版会 山村幸夫著 『与え尽くしの愛』 381Pより

臨死体験の本を読んでも、祖父母や親戚の亡くなったおばさんが迎えにきたという話はよくあります

妙音ちゃんも、かさぶたを迎えにきてくれることを約束してくれたね

あの時は、すっごくうれしかった、もちろん今もうれしいよ

だって、必要なときはいつでも会える

ピンクレディの「UFO」の歌みたいに、思っていることはすぐ伝わるから

何でもお見通しの妙音ちゃんにすぐわかってしまうから、ウソはつけないね
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by myouonn | 2005-06-25 23:27 | 『与え尽くしの愛』から | Trackback | Comments(0)
心が洗われる想いがすると、山村先生も好きな写真を撮られていた写真家、星野道雄さんが、動物に襲われて命を落としたことについて

皆さんは、

「襲われて、ものすごく痛かったろうな・・・」

と、思われるかも知れませんが、そんなことはありません。

霊界側がすぐに引き上げます。

襲われた瞬間に引き上げて、まったく痛みは感じません。

彼に痛みを残しておくと、その痛みが執着となって、

霊界に還るのを遅らせます。

山村幸夫「神からのギフト」出版会 山村幸夫著『与え尽くしの愛』P282より

妙音ちゃんは、箱ブランコから落ち、背中と頭を箱ブランコの鉄材にぶっつけ、その衝撃で肝臓が真っ二つに割れ失血死だった

死後の命の存続もわかり、今元気でやっているのはわかるけれど、
あの事故の時に痛みや苦しみはなかったのか、それが心配で心配で

事故の後病院に運ばれ、体中管だらけでストレッチャーで運ばれる妙音ちゃんを思い出すと胸が張り裂けそう

でも、妙音ちゃんはかなり早く死を受け入れ霊界入りをして、残されたかさぶたや友達を安心させに走り回っていたね

普通は、こちらからご供養するのに、残されたかさぶたたちが妙音ちゃんに供養されていたようだ

やっぱ、星野道雄さんと同じで、霊界側にすっと引き上げて貰ったんだよね

聖心女子大学教授、鈴木秀子さんも階段から落ち臨死体験をされたけれど、事故の痛みは感じなかったと本に書かれてあった

交通事故で臨死体験をした姉のお姑さんも、全く痛みは感じなかったと話してくれた

妙音ちゃんも痛みはなかったんだよね

突発的、あるいは偶然と思える出来事があっても、

そこには、必ず因果関係の法則が働いているものです。

ですから、不幸な出来事があって、

それで霊界に還らなければならなくなった人でも、

やはり、どういう想いで還るのか?

そこには、その方の霊性がいちばん関係してきます。

山村幸夫「神からのギフト」出版会山村幸夫著『与え尽くしの愛』P282より

そうか、どういう想いで還るのかが問題になると・・・

妙音ちゃんは絶対大丈夫、心配ないね

自分が消えることで、人を幸せにするって、わかっていた

事故の前の2、3ヶ月は、人が変わったように一瞬一瞬を一生懸命に心をこめて行い、周りの人を助け、笑顔を絶やさず、穏やかで、思いやりのある、日々を過ごしていた

ユニクロの何度も洗濯しよれよれになった服を好んで着ていたけれど、霊のコインがいっぱい 妙音ちゃんは輝いていた

妙音ちゃんは素晴らしかった、立派だった 尊敬している

まだ9歳なのに、悟りきった輝く老婆みたい

十牛の図の十番だよ

もう、かさぶたは

妙音ちゃんの事故の痛みについも、霊界での生活も

な〜〜んにも心配していない

反対に、妙音ちゃんに心配されているのはかさぶただ

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by myouonn | 2005-06-18 23:44 | 『与え尽くしの愛』から
山村先生の『与え尽くしの愛』に、気なる「催眠療法」について書かれてあった

ーーーその時見えたのは、自分が作り出していた幻想だったのでしょうか。



それが幻想であったとは言えませんけど、

非情にその危険性が大きいと

シルバーバーチは言っています。

しかし、その体験は、あなた自身の一つの動機づけの

ステップとして捉えればいいんじゃないでしょうか。


山村幸夫「神からのギフト」出版会 『与え尽くしの愛』P273より

かさぶたが催眠療法を受けたばかりの時は、臨死体験をした人が人生観がすっかり変わり生まれ変わったようになったというそのもの、その感じ

だって、光の世界に行って、妙音ちゃんに会えた

そして妙音ちゃんが例えようのない、すごい、素晴らしい、奇麗な キラキラした、あたたかくてやさしい大きな光の球体になって、かさぶたを包んで抱いてくれたんだ
至福の愛を受けるというのはこの体験が今生において最初で最後じゃないかと思った

あの時から、かさぶたは生まれ変わった、周りのすべてが光に感じる 生きる喜びでいっぱい

家族や周りの友達から「人が変わったね」て、言われた

ところが 『シルバーバーチの霊訓10』の「再生問題を考える」に催眠療法について書かれており、それを読むと「ちょっと待った」がかかった

でも、今日はまあいいや(長くなるので別の機会に)

あの時期のあのかさぶたにとっては催眠療法で妙音ちゃんに会えたことがどんなにか大きな救いになったか

霊界を信じた、いやもう現実に行って妙音ちゃんに合ったのだから、信じるというよりも確認した

あの催眠療法体験がなければ、「霊なんて信じない」みたいなかさぶただったのでシルバーバーチの本を読んでも疑い拒絶していたと思う

まったく山村先生のおっしやるとおりです

今、あの催眠療法体験談を読み返すと、浄土真宗にコテコテのかさぶたをなんとか救いたいという守護霊さんもしくは、指導霊さんの粋なお計らいだったのかもしれない
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by myouonn | 2005-06-14 22:59 | 『与え尽くしの愛』から

自分のために広告の裏にメモをとる気分で気楽に書いています。


by myouonn