霊会話の場

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私にとっての『Free Tibet!』

          争わざるの理
  


天地は一つであり、絶対的天地に争いのあるはずはない。

絶対的天地より、動静・解凝・引弛・分合などの相反する相対的作用が起きて、現在の天地が形成されるに至ったと言われている。

私たちは、この相対的世界に眼を奪われてしまい、争うことが当然であり、弱肉強食の世界であるという誤った考え方に堕落して天地の本質を忘れようとしている。

絶対的境地に立ってこそ、初めて天地本来の姿がわかるのであろう。

天地の根本精神は、争いなき世界であるはずである。

世の中では、争わなければ生きていけないと想っている人が多い。

他を抑え付けても優位に立とうとし、勝つためには手段を選ばぬ者が多いのも現実である。

こういう人々が集まって社会の和合を説き、世界の平和を論ずるのであるから、実現しにくいのも当然であろう。

争わざるの理は、相手の言うことを何でも受け入れ、なぐられても抵抗しない、弱弱しいものではない。

自分の心身にプラスの気が充満して「氣」を発しているときは、まわりの人の気は自分の身体には入ってこられないのである。

ゆえに、争わざるの理は、常に天地の氣を充満し、また天地に向かって発射している状態、すなわち、天地の氣と完全に交流している状態のときに初めて可能なことであり、

一番強い心の状態なのである。

どんな逆境にあっても、心を痛めずして、これを乗り切り、どんな悪口を言われても心に受け付けず、心から微笑し、どんな相手が襲ってきても、その力を受けず、笑ってこれを導くのが 争わざるの理である。

古代の兵法に、勝利に三通りあると述べられている。

一、争って勝つは、勝の下なり、

二、勝って争うは、勝の中なり、

三、争わずして勝つは、勝の上なり、と。


一は世間一般的な勝ち方である。

二は、争う前に完全に勝つ条件を完備してから争うので、安全な勝ち方である。

さしずめ、超大国アメリカは二の勝ち方であろう。

三は、争わずして相手を心服させ、自分の想うとおりに導くことである。

これを第三の選択と言うのであろう(笑)。

この世は、争いの世ではなく、必ず共存共栄の道があるはずである。

心に争いがあると、味方をも敵にしてしまう。

心に争いがなければ、眼中、敵も味方もなくなる。

全て天地の氣より生じた同胞であろう。

世の中は、勝ち負けは不要である。

お互いに理解しあい、助け合って仲良くやったらそれで良いのではなかろうか〜〜不立文字の世界也。

あっはははは〜〜とは、天地の氣が笑っている声がする〜〜かしこ。






★「争わざるの理」はマイミクさんの日記を許可をいただき紹介させていただきました。

チベット問題を知った私は、このメッセージを多くの人に読んでいただきたいと思いました。

マイミクさんありがとうございます、そしてチベット問題をご縁に繋がりあった方たち、全ての方に感謝です。ありがとうございます。
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by myouonn | 2008-06-26 05:35 | フリーチベット関連 | Trackback | Comments(0)

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