2005年 07月 03日
ゆったりした気分になった時夢で会える
子どもの死後、両親が、子どもに会いたい、
触れあいたいとあまりに思いつめと、
かえってこうした体験を得ることが難しくなる。
死後数週間か、数ヶ月たって、
煩悶の痛みと悲しみが取り除かれ
はじめて自然な眠りを取り戻した安らかな夜にこそ
亡くなった子どもが夢に現れることが多いのです。
E・キューブラ・ロス著『新 死ぬ瞬間』読売新聞社 E・キューブラ・ロス著 P263~P264より
テレパシーのような感覚で妙音ちゃんの気持ちを感じるのと違って、夢の中で映像として目で見て、声を聞く感覚で会えたのは9〜10か月くらい過ぎてからだったような記憶があります
隣の奥さんは妙音ちゃんが亡くなって3ヶ月くらいして妙音ちゃんの夢を見たと言ってかさぶたに夢の話をしてくれました
幼稚園に行ってた頃の妙音ちゃんが遊びに来て、うちのしょう子と遊んでいた、そのうち妙音ちゃんが眠ってしまったので抱いてかさぶたの家まで連れて来た夢だそうです
抱き上げたら妙音ちゃんが光るボールになってしまったのでびっくりしたと言っていました
かさぶたも夢でもいいから会いたかったので、すっごく羨ましく思っていました
悲しさや悔しさを吐き出したり、死後の世界を知りたくて調べたりしているうちにだんだん気持ちにゆとりが出てきたのでしょう
隣のしょう子ちゃんのお母さんの後、半年後に夢で亡くなった頃の9歳くらいの妙音ちゃんの夢を見て「おかあさん、よかったね」って言ってもらいました
シルバーバーチの霊訓にも、夢で会えると書かれている箇所を紹介します
地上の人間は静かな精神状態をもつことの
効用を十分に認識しておりません。
私がよく申し上げているように、あなた方にとって
無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。
あなた方が静かに受け身の心でじっとしている時が
私たちにとって一番近づきやすいからです。
近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓7』(近藤千雄訳)潮文社 P101より
実はあなた方は毎晩のように霊の世界を訪れているのです。
ただ思い出さないだけです
近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓4』(近藤千雄訳)潮文社 P135より
触れあいたいとあまりに思いつめと、
かえってこうした体験を得ることが難しくなる。
死後数週間か、数ヶ月たって、
煩悶の痛みと悲しみが取り除かれ
はじめて自然な眠りを取り戻した安らかな夜にこそ
亡くなった子どもが夢に現れることが多いのです。
E・キューブラ・ロス著『新 死ぬ瞬間』読売新聞社 E・キューブラ・ロス著 P263~P264より
テレパシーのような感覚で妙音ちゃんの気持ちを感じるのと違って、夢の中で映像として目で見て、声を聞く感覚で会えたのは9〜10か月くらい過ぎてからだったような記憶があります
隣の奥さんは妙音ちゃんが亡くなって3ヶ月くらいして妙音ちゃんの夢を見たと言ってかさぶたに夢の話をしてくれました
幼稚園に行ってた頃の妙音ちゃんが遊びに来て、うちのしょう子と遊んでいた、そのうち妙音ちゃんが眠ってしまったので抱いてかさぶたの家まで連れて来た夢だそうです
抱き上げたら妙音ちゃんが光るボールになってしまったのでびっくりしたと言っていました
かさぶたも夢でもいいから会いたかったので、すっごく羨ましく思っていました
悲しさや悔しさを吐き出したり、死後の世界を知りたくて調べたりしているうちにだんだん気持ちにゆとりが出てきたのでしょう
隣のしょう子ちゃんのお母さんの後、半年後に夢で亡くなった頃の9歳くらいの妙音ちゃんの夢を見て「おかあさん、よかったね」って言ってもらいました
シルバーバーチの霊訓にも、夢で会えると書かれている箇所を紹介します
地上の人間は静かな精神状態をもつことの
効用を十分に認識しておりません。
私がよく申し上げているように、あなた方にとって
無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。
あなた方が静かに受け身の心でじっとしている時が
私たちにとって一番近づきやすいからです。
近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓7』(近藤千雄訳)潮文社 P101より
実はあなた方は毎晩のように霊の世界を訪れているのです。
ただ思い出さないだけです
近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓4』(近藤千雄訳)潮文社 P135より
by myouonn
| 2005-07-03 22:45
| 死別にヒント